スピーチライターになりたい子供たちへのメッセージ

皆さんこんにちは。私は話す人に代わって、スピーチの原稿を考える仕事、スピーチライターをしています。

今日は「大人になったら、スピーチライターになりたいな」と考えている、中学生から小学生の高学年ぐらいまでの皆さんにお話したいと思います。

ひょっとすると皆さんの中には「スピーチライターってカッコイイ名前だな」こんなことを考えている人もいるかもしれません。

でも最初にいっておきます。全然かっこよくないです。もっといえば「世の中には、『カッコイイ仕事、きれいな仕事』なんて一つもありません」

でも、「立派な人」「素敵な人」そして「自分もあんな人になりたいな」という人はたくさんいます。

皆さんは「レ・ミゼラブル」という小説を知っていますか。

盗みを働いた一人の男が、心から自分のことを信頼してくれ、応援してくれる神父との出会いによって、心の中に「革命」といっていいほどの変化を起こし、仕事で成功し、市長にもなるという話です。

私のお客様の中に、まるで彼を生まれ変わらせた神父のように、立派な社長がいます。

私自身は全然カッコいい人間ではありませんが、スピーチをしたその社長自身が素晴らしい人だったからこそ、私はその人の気持ちになりきって原稿を書くことができ、スピーチを聞いた人が感動してくれたのだと思います。

スピーチライターとして仕事をするための心構えはいくつかありますが、これから私が特に大切だと思うポイントを3つお話しします。

まず一つ目にお伝えしたいことは、「人の話をよく聞き、よく考えて伝えましょう」ということです。

私は20歳から35歳まで、ある建設会社で事務の仕事をしていました。

その会社は今風の言葉でいうと「ブラック企業」といえるような職場でした。

でも、私はその会社で働けて良かったと思っています。そして、そのオーナーご夫妻や役員の皆さん、上司の方たちには本当に感謝しています。

それはなぜでしょう、「電話の話し方」をとことん学ぶことができたからです。

人の心は本当に微妙です。「何気なく発した言葉」が感情を傷つけ、「言わなくてもいいこと」をいってしまったばかりに、自分だけではなく、仲間の立場すら危うくしてしまうことがあります。

私は時に上司が居留守を使っていることをわかっていて、カマをかけてくる元請け会社の所長や新聞社の社会部の記者、そして、時々「何を眠たいことをいうてるんや!」と叫ぶ上司との、電話でのやり取りを通して、「言葉の失敗を防ぐ方法」を、体で学ぶことができたと思います。

二つ目のポイントについてお話しします。それは「時には勇気をもって伝えましょう」ということです。

1人のスピーチライターが見たり聞いたり経験できることは限られていますが、取材で話す人たちは、皆それぞれの人生を生き、その人でないと知りえないことを知っています。

スピーチライターは「言葉のプロ」として、気づきのヒントを伝えることはできますが、やはり限界があります。スピーチを聞いた人に影響を与え、行動を起こさせ、やがて世界を変えていくのはスピーチライターではありません。

スピーチをする人が胸に抱いている「この思いこそを伝えたい」という願い、すなわち「確信」こそが世界を変えていくのではないでしょうか。

ただ、「思っていても言葉にならない」というもどかしさを感じている人にとって、スピーチライターの持っている「考えを言葉にまとめる力」は心強い武器になることは間違いありません。

どうか皆さん「人の貴重な経験に学ばせていただく」という謙虚な心を持ちながらも、「本当にいいスピーチをしてほしい」この言葉を心の真ん中に置きながら、「本当のことを勇気をもって伝える」「対話の名人」になっていってください。

そして三つ目のポイントは、「人の経験や歴史に学ぼう」ということです。

「スピーチライター」と名乗って仕事をしている人、そう名乗っていなくても同じ仕事をしている人たちは、ここ10年ほどで少しづつ増えてきました。

ただ、名乗る名乗らないは別にして、「偉大なスピーチライターの先輩」といえる仕事をしてきた人は過去にたくさんいます。今日はその中で1人だけ紹介したいと思います。

有名な歴史小説で、『坂の上の雲』という作品があります。その中に出てくる東郷平八郎という海軍の司令長官がいますが、彼の参謀であった秋山真之という人です。

ひょっとすると皆さんも一度ぐらいは聞いたことがあるかもしれません。「本日天気晴朗なれども波高し」という言葉があります。

日露戦争の勝敗を決した戦いとして有名な「日本海海戦」が始まる前、連合艦隊が総司令部に発信したメッセージの一部です。

この言葉は多くの人に「東郷長官がいった言葉なんだ」と思われていますが、実際に考えたのは秋山真之です。

では東郷平八郎は、ただカッコいい言葉を考えてもらって、「しめしめ」と思っただけだったのでしょうか。そうではありません。

実は秋山真之は何年間も東郷平八郎に部下として仕え、「もし自分が東郷長官だったら、どのように考え、どのように話し、どのように戦うのか」ということを血のにじむような努力で身につけてきました。

だからこそ、たとえ部下である秋山真之が考えた言葉であっても、東郷長官は彼のことを信頼して、「自分のメッセージとして発信してよろしい」と決断したのだと思います。

もし仮に、今の時代でいうとスマートフォンでカッコいい言葉がないか検索して、「この言葉いいじゃん、これ送っといてよ」という軽いノリで総司令部に発信したとしたとしたらどうでしょうか。

「東郷長官がこのようなことをいうはずがない」

「どこかおかしい」

「同じようなことを前にだれかいっていたぞ」

と問題になり、日本だけではなく、世界中で大騒ぎになってしまうと思います。

私は秋山真之ほど素晴らしい人ではありませんが、「もし自分がスピーチをする人だったら、どのように考え、どのような言葉を使い、どのように語り掛けるのか」と悩み、時に頭がちぎれるぐらいに考えて原稿を書いています。

いつかは私も、「その人の言葉」として長く歴史に残るようなスピーチを書いてみたいと思いますが、どうか皆さんも、かつての東郷平八郎がそうであったように、どんな人も代わることができない偉大な仕事、「決断」をする人のお手伝いができるように「言葉の力」を磨いていって欲しいと思います。

最後に皆さんにお伝えしたいことがあります。

「苦手なこと、できないことがあることは、恥ずかしいことではない」ということです。

スピーチといっても、どのような場面で話すのか、どういう人が話すのか、そして、掛けるお金と時間がどれぐらいあるのかによって、いろんなやり方があります。

本当にその人にあったスピーチをするためには、スピーチライターのように原稿を考える人や、話し方のレッスンなどをする先生が、お互いのいいところを認め合い、自分の苦手なところは協力しあって、手を組んでいくことが必要だと思います。

まず私自身が「自分の苦手なこと、できないこと」は素直に認めるという、「本当の勇気」を持ち、お客様にスピーチを大成功してもらうために、時には違う分野の先生たちと協力しながら、仕事をしていきたいと思います。

そして今いったような、「どこまでもスピーチをする人の立場に立って仕事をしていく」輪が大きく広がれば、「スピーチの専門家の先生」を利用する人は、今とは比べ物にならないぐらい大きく広がり、皆さんが大人になった頃には、数多くのスピーチライターが活躍する時代になると信じています。

どうか皆さん、今日の話を心の片隅に置きながら、まずは学校の勉強やクラブ活動にがんばってください。

そして、目に映った物の中から、どれが本物で、どれがそうでないのかを見分けることができる、聡明な皆さんになってもらえればうれしく思います。

私の話を聞いていただきまして、本当にありがとうございました。

またどこかで会える日を楽しみにしています。